2022年度交渉学 第2回「リーダーとの対談」
2022年10月17日、秋学期第2回目となる「リーダーとの対談」は、株式会社バルクホールディングス代表取締役社長、石原紀彦(いしはらのりひこ)氏にお越しいただいた。石原氏は慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント株式会社に入社。独立後も様々な事業に携わり、田村次朗教授も「その時代に必要なものには必ず石原さんが絡んでいる」と評価するなど、幅広い分野で活躍。そんな石原氏が学生との対話を通じて、これまでの自身の経験や考えを余すことなく話していただいた。
自分が想像できないところへ
学生時代から「自分が簡単に想像できる人生を歩みたくない。人の人生を後追いする気はなかった」という石原氏。新卒でゴールドマン・サックスに入社する。「就職活動をするなかで、米国投資銀行であるゴールドマン・サックスという存在が自分にとって新しかった。自分の想像力を超えた、かつ努力できそうな仕事だと思った」と入社の理由を語る。アセットマネジメント部門で株や債券、為替のファンド設計・運用等に携わり、その後、投資銀行部門に異動し、M&Aやプライベートエクイティ投資に従事するなかで、「財務的分析に加えて、経営者の素質、各国の経済状況や世界情勢など、物事を俯瞰して考える力がついた」と当時を振り返る。競争の激しい外資系企業で、周囲の優秀な人と切磋琢磨しながら「死ぬほど働いた」という。それでも「色々な案件でアドレナリンが出ると、難しいパズルを解いているような集中力が出る。それをやっているのが楽しかった。今ではブラック企業と言われるかもしれませんが」と笑う。大学を卒業してすぐにこの厳しい環境に身を置いたことで、しっかりと働くベースができたと石原氏は言う。
失敗をしても前を向き続ける
30代になったこともあり、独立することを決断。様々な事業立ち上げを行い、音楽雑誌『ローリングストーンジャパン』(Rolling Stone Japan)、経済雑誌『フォーブス』(Forbes)の日本での創業、京都大学との産学連携ベンチャーキャピタルの創業など幅広い分野に携わるようになる。一方で、「資金もネットワークもあり、頭の良さにも自信があったがすぐに失敗した」と苦しい経験も多かったことを打ち明けた。買収した企業の経営者に逃げられてしまい、親友の行う事業に投資して様々なものを背負わされるなど数々の裏切りにもあった。それでも「組織には一定数の良い人と悪い人がいる。一定の苦労はどこにでもある。裏切られて立ち直るのは難しいが、仕方がないと切り替え、色々なことを学んだと思うしかない」と前を向いた。この姿勢を田村教授も「石原さんのように積極的にチャレンジする人生を歩もうとしても多くの人は失敗をすごく怖がってしまうと思う。それでも挑戦できるのが彼のすごいところ」と高く評価する。
チャレンジを続ける石原氏の心を支えたのは、『大投資家ジム・ロジャーズ世界を行く』(日本経済新聞出版、1995年)。この本を読んで投資の世界を志したが、独立してから実際にジム・ロジャーズ氏に会う機会があり、「投資成功の秘訣」を聞いたところ、「死ななければ大丈夫だよ」と言われた。その後、「前向きに適切な努力をしていれば結果は楽観視できる」と常にファイティングポーズをとり続けてきた。「交渉学」の履修者のなかにも、起業を目指していたり、様々な活動に熱心に取り組んでいたりチャレンジ精神が旺盛な学生が多い。そんな学生へ石原氏は「明確なゴールさえあれば、色々な行き方がある。例えば、渋谷に行くとしても電車で行く方法もあれば、歩いていく方法もある。一歩目をどう踏み出すか、というマインドセットが大事。そういうマインドセットを持っていればたまに成功する」とエールを送った。
時代の潮流を読んでビジネスを展開
経済安全保障という概念が注目されている昨今、「戦後、経済安全保障やサイバーといったものは、一般の民間人が考えるものではなかった。しかし、今は民間人が脅威に接する場面が増えてきた」とサイバーセキュリティ事業を開始した石原氏。警視庁や防衛省、大企業のサイバー対策の強化やサポートを手がける。日本でも経済安全保障推進法が成立するなど、今や法律や政治への理解なしにビジネスを行うことは不可能だ。「契約を結ぶ、投資をする、いかなるものも最終的には法律に落とし込まれる。何かを判断するときに重要なのはルールがどうなっているのかということ。その意味で法律の理解は大事」と説く。
また、マーケティングではSDGsの推進にも力を入れる。「SDGsはビジネスの基本的なプラットフォームとして認識されつつある。ゴールドマン・サックスで働いているときは様々な人種やLGBTの人もいて、違和感がなかった。SDGsとはビジネスがグローバル化していくなかで、そういったところへの配慮を統一化していこうよという動き。日本をはじめ、その配慮が不十分なところがあるから、そこがビジネスチャンスとなり得る。SDGsを上手くビジネス化できている企業は多くないが、ビジネスにおける共通認識としてとらえるようになった」と語る。
常に新しいことに取り組み社会に貢献する石原氏に、田村教授も「時代時代で必要なことに常に石原さんが絡んでいる。新しいものを見つける嗅覚は一体どのように身に着けているのだろう」と舌を巻く。石原氏いわく、時代の流れをつかむコツは「自分でハードルを置かない、判断しない。流れに身を任せること」だという。米国をハブとし、日本などをスポークとするハブアンドスポーク型経営のゴールドマン・サックスで仕事をしていたが、独立後は、日本と第三国、スポーク同士をつなぐ仕事を多く手掛けたことから、ロシアや中東、東南アジアにも強力な人脈を持つことができた。「そういったネットワークから自然に情報が入ってくるようになった」という。「ゴールドマン・サックス時代から周りにも優秀な人が多く、また『ローリング・ストーンス』や『フォーブス』に関連して様々な業界にネットワークが広がり、情報収集に困ることはなかった。変なストレスを感じずに情報収集や分析ができた」と語り、自分で人脈を構築することはもちろん、会社が与えてくれた環境でネットワークを構築し、活用していく重要性を強調した。
そんな石原氏が現在、注力している事業の1つが「NowNaw」というSNSを日本でスタートさせること。NowNawとは、「米国発のTikTok」(石原氏)。動画の投稿はもちろん、AR(拡張現実)やeコマースなどのサービスが搭載されており、米国・中南米を中心にすでに1億5000万人を超えるユーザーがいる。中国企業によってサービスが提供されているTikTokは、ユーザーの様々な情報が中国に集められ情報分析に使われている恐れなどが指摘され、米中対立も伴い、トランプ政権が使用を制限したこともある。同様にフランスやインドでも使用が制限されているという。だからこそ、NowNawをアジアに展開させることは「正直難しさもある」と打ち明ける。一方で、NowNawの強みを「Web3.0のプラットフォームを使用することで、コンテンツを上げる側にもすごくメリットがある」と説明する石原氏。ブロックチェーンの技術を活用することで中国企業による中央主権的なデータの扱い方をするTikTokに対抗する狙いだ。そして、「皆さんが社会人になって事業をしていくなかでSNSのプラットフォーム、Web3.0への理解は必要な知識でありノウハウになってきます。そんななかで、どのようなビジネスモデルを作るかが求められている」と今回の取り組みの意義を語る。NowNawのアジアでの展開は日本がはじめてとなるが、すでに様々な企画を考えている。その1つが学生とのコラボレーションだ。「SDGsなどのテーマを定めて、大学をはじめとする教育機関と連携して学生向けの動画コンテストを開く計画をしている」と、石原氏。そこには教育的観点から問題視されやすいSNSのイメージを払しょくしたい意図もある。「教育的観点からどうプラットフォームを解釈していくのか、学生との対話なども行っていけたらいい」(石原氏)。「日本でもはやるのではないか」と自信をのぞかせるNowNawは、日本でのダウンロード開始も近い。
限界値の先へ行く
一つの成功に満足することなく、その時代に求められるものに対してビジネスという形で答え続けてきた石原氏。新しいものに果敢に挑戦する行動力の根源にはどのような考えがあるのか。「3、4年していると新しいことが見えてきてしまう。自分のなかでは自分が見えている限界値までは行ってみようというスタンス。限界まで行ったらまた新しいものが見えてきて、それにチャレンジする。何か特定の夢があったほうがつまらない」。これからの社会で活躍を期待される学生たちに熱い思いをぶつけた。