2022年度交渉学 第5回「リーダーとの対談」
秋学期、第5回目となる2022年11月7日の「リーダーとの対談」では、中部電力専務執行役員グローバル事業本部長の佐藤裕紀(さとうひろき)氏にお越しいただいた。ロシアのウクライナ侵攻に伴い、世界的にエネルギー問題の議論が加速している。また、カーボンニュートラル実現のため、既存のエネルギー政策の見直しも議論されている昨今において、複雑な課題をどのようにとらえていけばよいのか、リーダーシップという観点も合わせながらお話いただいた。
現実を見て、傾聴する
気候変動への早急な対応の必要性が声高に叫ばれるなか、日本も2050年までにカーボンニュートラルを実現することを宣言した。しかし、佐藤氏は日本社会の現状を冷静に分析している。「2050年に日本がカーボンニュートラルを実現することは難しいと思う。方向性として脱炭素を目指すということに変わりはないが、やれることとやれないことをしっかりと分けて考えていく必要がある」。日本のエネルギー供給は依然として化石燃料による火力発電が大部分を占め、CO₂を排出しない原子力や再生可能エネルギーの割合は低いままだ。「例えば、洋上風力を増やすにしても、風が吹かないと発電できない」など、再生可能エネルギーは安定的なエネルギー供給という面で課題を残すなかで、脱炭素社会実現に向けた現実的な一歩として、原発もポートフォリオに入れていくべきと主張する佐藤氏。「日本の政治家にとって原子力の問題はタブーだった。賛成と言っても反対と言っても票が増えないから。そんななか、岸田首相が原発の再稼働に前向きな姿勢を示したことは評価できる。しかし、どうやって課題を解決していくのかという“How”が見えてこない。もちろん安全性に関しては慎重であるべきだが、新技術の導入も含めてしっかりと検討していかなくてはならない」(佐藤氏)と、指摘する。
一方で、日本では2011年に福島第一原子力発電所で事故が起こるなど、未だに原発に対する反対の声も根強い。佐藤氏は次のように語る。「くさいものに蓋をしてはいけないと思う。反対している人がなぜ反対しているか、声を聞きたいと思う。これまでの日本は原発を受け入れてもらうために「公民館を作ります」みたいな感じでやってきた。本来は反対派の人がなぜ反対しているのか話を聞き、理解を得られるようにしていくべき。人の理解を得るには地道に話を聞くしかない」。賛否両論ある課題を解決するにあたり傾聴の重要性を強調した。
日本なりの脱炭素社会の実現
脱炭素社会の実現に向けて1つの方法にこだわるのではなく、柔軟な発想を持つべきだという佐藤氏。「普通、再生可能エネルギーと言ったら太陽光や風力を想像しがちだが、日本の特徴を考えればもっと選択肢はある。例えば地熱発電。世界有数の豊かさを誇る地熱資源を生かせればゲームチェンジャーになれる」と語る。ほかにも、島国である日本は波上発電を発展させられる環境が整っている。「太平洋の島国に波上発電など日本の技術を輸出して、変えていくのが自分の目標」。(佐藤氏)
「カーボンニュートラルを達成するには様々なコストがかかる。気候変動において化石燃料が諸悪の根源だという思い込みは捨てるべき」とも語る佐藤氏。たとえ化石燃料を燃やしても出てきたCO₂を地下に埋めるなどすればカーボンニュートラルを実現することが可能だ。JERAはCO₂を排出しない火力発電「ゼロエミッション火力」の実現に向けて動き出している。化石燃料に多く頼っている日本の現状を考えれば、段階的に化石燃料からの脱却を図るのが現実的な方法だ。「徐々に進めていくという発想は欧米にはなく、日本しかない。化石燃料からの脱却をだんだん時間をかけてやっていく。時間軸やアプローチはヨーロッパと違ってもいい。アジアには化石燃料に依存している国々が日本以外にも多くある。同じような状況のアジア諸国とタッグを組んで脱炭素社会の実現という目標に向かっていく。目標は共有するがアプローチは違うということを(欧米に向けて)説いていく必要がある」と、日本らしい発想を生かしたリーダーシップの取り方を佐藤氏は提案する。
混沌とする世界情勢
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻し、世界に大きな衝撃を与えた。G7をはじめとする西側諸国はロシアへの経済措置を実施し、ロシア産資源の輸入にも制限を加えた。アメリカでは「インフラ削減法」が、EUでは「REPowerEU」が成立し、「戦争という有事においてエネルギーを武器にし、各国からロシアに対する明確なメッセージが打ち出された」(佐藤氏)。しかし、これらは必ずしもうまくいっていないというのが佐藤氏の評価だ。
「REPowerEUでは、今年中にロシア産のガスの輸入を現状の3分の1に減らす予定だ。当然ながらEUは別のルートからエネルギーを調達する必要があり、結果的にLNG(液化天然ガス)の値段が上がった。するとバングラデシュなど途上国がLNGを買えなくなってしまった」。ロシア産資源への対応の副作用が現れてしまっている。「エネルギーを武器化することは長期的に見れば正しいが、短期的に見れば間違い。政治家として言わなくてはいけないこととやらなければいけないことのギャップが大きくてアジアに影響が出てしまっている」。(佐藤氏)
このようななかで、世界各国が西側諸国と歩みを同じくしているわけではない。佐藤氏は新世界秩序が形成されていることを指摘する。「ロシア、インド、中国、インドネシア、ブラジル、トルコ、メキシコ、イランからなるG8というものが構築されている。現在は、冷戦時代よりも複雑な社会になってきた」。単純な対立ではないからこそ制裁の効果が限定的になってしまうという現実がある。「中国やインドがロシアの資源を買う。たとえアメリカなどから制裁を受けてもロシアにとっては痛くも痒くもない。全然、制裁になっていない」と佐藤氏は語る。
「今後の世界のビジョンを見据えて落としどころを考える真の政治家・リーダーが不在ではないか」と指摘する佐藤氏。では、日本はどのように国際社会でふるまっていくべきなのか。「日本がウクライナ危機に関連して唯一頑張ったことは、サハリン1、2事業を継続したこと。日本は資源小国でエネルギー自給率が低い。G7のなかでは違う姿勢を打ち出すことができた。これからは、日米関係を利用しながら交渉で課題解決していくのが日本のリーダーに求められる役割。アメリカを動かし、ロシアとの距離感が近くなれば焦る国がある。その微妙な緊張感のなかで日本が外交のなかでやっていくべき」。(佐藤氏)
常に好奇心を
ウクライナ危機に伴い混迷を極める世界情勢。各国間の対立や思惑が交差するなかでも、脱炭素社会の実現など全世界が協力して解決しなければならない課題もあるなど、まさに複雑な連立方程式を解かなければならない現代社会。そんな社会で求められるリーダーシップとはどのようなものなのか。佐藤氏は次のように語る。「リーダーシップとは課題を克服する力。そのために必要なことは2つ。いかに臨場感を持てるか、そしてそれをわかりやすく説明する能力と責任を持っていること」。世界全体で価値観の違いを乗り越えて、ともに世界を前に進めていくためにリーダーシップを発揮することが期待される学生に佐藤氏は力強いメッセージを残した。「分野を問わずに何事にも常に好奇心を持ち続けること。そしてネットワーキング・人的交流。機会さえあれば色んな人に出会って、時には図々しくネットワーキングを広げる。ネットワーキングを保つために常に好奇心を忘れずに」。